2011年12月13日火曜日

アメリカ東部スポーツビジネス&セカンドキャリア研修プログラムの視察・訪問先ご紹介③Part2「Under Armour Headquarter」


常に新たな挑戦を続けるUnder Armourでは、近年、アメリカンフットボールや野球といったアメリカにおけるメジャースポーツだけではなく、ゴルフやスノーボードといった競技をプレイするアスリートのための商品ラインも充実させています。


また、2002年からは女性専用パフォーマンス・アパレルライン、そして2006年からは全世界で180億ドル(約1兆4000億円)市場と言われながら、これまでNikeやAdidasといった大企業が独占して来た、スポーツシューズ市場への参入も開始しています。




【Under Armourのパフォーマンスギアとシューズを身に着けてトレーニングに励む、アルペンスキーの金メダリストLindsey Vonn選手】



これに加えて、Under Armour社では、「Power In Pink」(女性のための乳がん撲滅支援活動)、「UA Freedom」(退役軍人への支援活動)、「UA Green」(リサイクルや節約などを通した環境保全活動)、「UACombine」(ユース年代を対象としたリクルーティング支援活動)を通して、積極的な社会貢献活動にも取り組んでいます。


【「Power In Pink】が主催するマラソンイベントを完走した乳がん克服ランナー】



今回の「アメリカ東部スポーツビジネス&セカンドキャリア研修プログラム」中には、実際にボルティモアにあるUnder Armour社Headquarterを訪問し、Sports Marketing部門の責任者の方からグローバルな展開を見せる企業戦略や、各国の市場による商品ラインの違い、スポーツシューズ市場参入の経緯・戦略などについてのお話を伺ったり、Product Development部門にて実際にパフォーマンス・アパレルやシューズが製造されている生の現場を視察したりする予定です。


また、Headquarter内にはアスリートのためのトレーング施設「Under Armour Combine Training Center」も併設されておりますので、運が良ければプロアスリートにも遭遇出来るかも知れません!実際、私がHeadquarterを訪問した数日前には、ロックアウト中のために所属チーム内のトレーニング施設を使用することが出来なかったNBA選手がトレーニングを行っていたそうです。


 【Under Armour Combine Training Center内のバスケットボールコート。NBA選手は勿論のこと、普段は社員の方が仕事後に汗を流しています!】



Under Armour Headquarter内部のより詳しい様子は、是非ともこちらのADM Facebook上のアルバム内よりご覧下さい(勿論、三宮のコメント付きです)!


卒業後にグローバル・スポーツアパレルメーカーへの就職を考えている学生様や、将来、独立して経営者になることを目指す社会人の皆様、最新スポーツマーケティングを研究されてる教育関係者の皆様に、是非とも訪問して頂きたいですね!


「アメリカ東部スポーツビジネス&セカンドキャリア研修プログラム」への応募締め切りは、今週金曜日(12月16日)までとなっておりますので、是非ともお早めにお問い合わせ下さい!

それでは、引き続き、次回の視察・訪問先のご紹介もご期待下さい!


Athletes Dream Management, Inc.ニューヨーク 三宮 伸也

2011年12月11日日曜日

アメリカ東部スポーツビジネス&セカンドキャリア研修プログラムの視察・訪問先ご紹介③Part1「Under Armour Headquarter」


引き続きまして、「アメリカ東部スポーツビジネス&セカンドキャリア研修プログラム」の視察・訪問先のご紹介です。今回は、パフォーマンス・アパレルメーカーUnderArmour社Headquarterのご紹介です。


Under Armourは、1996年にメリーランド大学の卒業生であるKevin Plank氏が25歳という若さで創業し、僅か15年という短い歴史にもかかわらず、NikeやAdidasといった世界的に有名なスポーツアパレルブランドを脅かす存在へと急成長している、アスリートのためのパフォーマンス・アスレティックブランドです。MLBやNFLといったアメリカのメジャースポーツ選手やカレッジスポーツチームだけでなく、福留孝介選手や阿部慎之助選手、松田宣浩選手といった、数多くの日本人トップアスリートやプロ&実業団チームも、Under Armourブランドと専属契約しています。


それでは先ず、Under Armour社の創業からの軌道に乗り始めるまでの歴史を簡単に振り返ってみます。


1995~96年:新素材の発見、そして設立へ   
  • メリーランド大学フットボール部でプレイしていたKevin Plank氏は、大量の汗を吸収することで重くなってしまうコットン製T-Shirtsを、試合中やトレーニング中に何度も着替えなければならないことに嫌気が差していた。しかし、それと同時にPlank氏はあることに気が付いた。それは、体に密着しているアメフトのショーツ(下のユニフォーム)は、コットン製T-Shirtsとは逆に、常にドライな状態を保っていることであった。ショーツと同じような素材を利用してT-Shirtsを作ることが出来れば、汗をかいても重くなることがなくなるため、アスリートのフィールド上でのパフォーマンス向上に繋がるのでは?と、Plank氏は考え始めるようになる。
  •   地元メリーランドの生地店を幾つか周る中で、ショーツと同じように体に密着しながらも伸縮し、尚且つ湿気を吸い取るのではなく、外に逃がす特性を持った合成繊維を発見することに成功する。早速、Plank氏は、500ドル(約4万円)を出し、合成繊維を用いた7種類のサンプルT-Shirtsを製作し、メリーランド大学のチームメイトに試着してもらうようにリクエストする。しかし、光沢があり、女性用下着のようなT-Shirtsを目の前にして、チームメイトの多くが着用することに抵抗を見せていた。渋々ながら着用してみると、コットン製T-Shirtsに比べて肌触りが良いだけでなく、練習中にいくら汗をかいても重くならないため、それまで以上に体が動くことを実感する。次第にチームメイトの意見がポジディブなものへと変化を見せ始める。Plank氏はチームメイトから寄せられた多数の意見を基に、更なる改良を加える。
  • 卒業が近づき、他の同級生が就職活動に勤しむ中、Plank氏は、同じくメリーランド大学でラクロス選手として活躍していたKip Fulks氏(現Vice President of Production)と共に、ワシントンD.C.にある祖母の家の地下室に閉じこもり、新素材T-Shirtsの可能性とこれからの販売計画について、一日中話し合っていた。1996年5月に無事メリーランド大学を卒業したPlank氏は、クレジットカードローンやこれまで貯蓄などで、4万ドル(約320万円)の資金をかき集め、ついに会社登録を行う。正式にUnder Amour社が誕生した瞬間である。
  • 最初はトラックの荷台にありったけの新素材T-Shirtsを詰め込み、アメリカ中の大学を訪問販売して周る日々を過ごす。また、高校やPrep School(4年制大学への準備期間のために入る学校)時代のチームメイトを通して、フットボール強豪大学やNFLチームに新素材T-Shirtsの郵送を開始する。
  •  Under ArmourのT-Shirtsを着用しているオークランド・レイダースQBのJeff George選手の写真が、アメリカ全国紙USA Todayの一面に掲載される。これがきっかけとなり、徐々に一部のアスリートの間で、Under Armourのブランド名が知れ渡るようになる。
  • USA Today紙上の写真を偶然目にしたアメフトの強豪校・ジョージア工科大学の用具マネージャーがUnder Armour製のT-Shirtsに興味を持ち、60枚を電話注文したのが一番最初の大学フットボール部とUnder Armourとの契約である(用具マネージャーは、350枚購入したいとPlank氏に伝えたものの、当時Plank氏は全部で60枚しか新素材T-Shirtsを在庫に抱えていなかった)。その後、ジョージア工科大学から広まったポジティブな評判を聞きつけたノースカロライナ州立大学と、Prep School時代の同級生がプレイしていたアリゾナ州立大学が後に続くようになる。
  •    設立1年目の1996年度末までに、500枚のT-Shirtsを販売し、約1万7000ドル(約150万円)の売り上げを記録する。Plank氏とFulks氏が祖母の地下室を飛び出し、初めてボルティモアにオフィスを構えたのもこの時期である。


【創業者のKevin Plank氏(左)と、2011年NFLドラフト全体1位のCam Newton選手(カロライナ・パンサーズ)】



1997~99年:ブレイクスルー
  • 2年目の1997年には、汗を逃がすT-Shirtsに加えて、HeatGear(気温24℃以上を想定した夏用トレーニングウェア)、ColdGear(気温13℃以下を想定した冬用トレーニングウェア)、AllseasonGear(気温14~23℃を想定した通年トレーニングウェア)というように、商品ライン数を増やし始める。ファッション性を重視した他メーカーとの差別化を図り、アスリートの技術力向上を目的とした「パフォーマンス・アパレル」メーカーとしてのアイデンティティーを確立する。Under Armourの機能性の素晴らしさが、プロ、及び大学アスリートの口コミのみで広がり始める。1997年度末までに、商品ライン全体で合計7,500枚の売り上げを記録する。
  • 1998年は結果的に、Under Armourにとって極めて重要な年となった。先ず、今は亡きNFL Europeと公式サプライヤー契約を凍結する。また、この年の夏には、Under Armourの成長に合わせるように、5,000スクエアフィート(465㎡)の新しい社屋にオフィスを移動する。
  • Plank氏がロサンゼルス在住の映画キャスティング・ディレクターにサンプル商品を送ったことがきっかけで、アル・パチーノ、キャメロン・ディアス主演のフットボールを題材にしたハリウッド映画「AnyGiven Sunday」内で、Under Armour製のウェアやユニフォームが映画用の衣装として使われることが決定する。またその後、キアヌ・リーブス主演のフットボール映画「TheReplacements」とも、Under Armourはコスチューム提供契約を結ぶことに成功する。映画上の重要な場面でUnder Armour社製のトレーニングウェアが映し出されており、映画公開と同時にそれまでコアなアスリートの間でしか知られていない存在であったUnder Armour社のブランド名、及びロゴが一般層まで広く知れ渡るようになり、売り上げが激増した。
  • 1999年度末には、25万枚のアパレル商品の売り上げを記録した。また、この時までには、MLB所属の8球団、ほとんどのNFLチーム、NHL所属4チーム、そして数多くの大学チームと、Under Armour社はウェア提供契約を凍結する。この年、Under Armourの売り上げが初めて100万ドル(約8000万円)を突破し、創立3年にしてPlank氏は自分自身に給料を支払えるようになった。

【Under Armourが一般層にまで知れ渡るきっかけとなった、アル・パチーノ、キャメロン・ディアス主演のハリウッド映画「Any Given Sunday」】



このように、チャレンジを繰り返す中でUnder Armour社は徐々に成長を遂げ、現在では年収10億ドル(約800億円)を突破し、従業員3,900人を抱え、世界中で2万3,000店舗のスポーツ用品専門店で商品が販売されるまで発展を遂げました。Under Armourブランド急成長の裏には、創設者であるPlank氏自身の元フットボール選手としての経験から来る、全てのアスリートが抱えるパフォーマンスを少しでも向上させたいという熱い想いや、自分の信じたプロダクトを世の中に広めるための重ねて来た不断の努力が隠されているのです。


(Part2に続く)
Athletes Dream Management, Inc.ニューヨーク 三宮 伸也