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2011年10月20日木曜日

Conditioning の重要性


シーズン中に面白いことがあった。


一人の投手がこう聞いてきた。「俺の球速が全然上がらない。むしろ、ずっと下がり続けて、今は8588マイル(140キロ前後)しか出なくなった。プロ1年目は9094マイル。2年目、3年目は8892マイル。どんどん下がり続けている。もう1カ月もトレーニングしているのになぜだ?」と。


彼は、プロ入り以降、2年目でメジャーデビューを果たし、去年はメジャーで10勝を挙げているが、プロ入り以降3年間ほとんどウエイトには触れずにやってきた。球速が下がった理由はトレーニングだけではないのかも知れない。


だが、そのツケが今頃回って来たと私は思う。そして彼はこう付け足した。「高校時代は全然トレーニングもせずに90マイル出たのに、今は1カ月間トレーニングしても90マイルも出ない。」と。


まず、3年間何もやらないでそれを1カ月で戻そうとするのは虫の良すぎる話である。それから、高校時代は何もしなくても球速が上がって当然なのだ。中学生の時に比べて、トレーニングをしなくても、ホルモンの関係により、体も骨格も筋量も全て増すのだから。


この業界にいると、こんな話をよく聞く。高校時代のコーチはすごく良かった、と。なぜかと聞くと、体も大きくなったし、何より強くなった、と。それは、高校時代のコーチが良かったわけではない。高校生という時期は、間違ったトレーニングをしていても体が中学の時と比べて格段に大きくなり、強くなるのだ(決して高校のコーチが悪いと言っているわけではない。中には、素晴らしいコーチもたくさんいる)。


それから、僕が見ていたピッチャーはトレーニングを頑張り始めた。シーズン半ばを過ぎた辺りからだ。今シーズンは少し時間が足りなかった。だが、私は彼の来年の活躍に期待したい。


Number 」でもう一つダルビッシュ投手についての記事を読んだのだが、彼の体はトレーニングと、適切な栄養バランスによって大きくなり、体重もかなり増え、安定した良い投球が出来ている、と。彼がどんなトレーニングをし、どんな体調管理をしているのか、非常に興味をそそられる。そして、彼のトレーナーの方がどんなトレーニング・フィロソフィーを持っているのかが気になるところである。


内藤良亮

2011年7月28日木曜日

コンディショニング

久しぶりの更新です。空港で待ち時間があったので書いてみました。

今回は野球のピッチャーのStrength and Conditioning に対しての自分の経験等から得た意見を書きたいと思います。これにはきっと賛成する方、反対する方がいると思いますが。もし、質問、意見、感想、反論などがありましたら、私に直接メールを頂けると嬉しく思います。 


さて、先日、日本のNumber の斎藤祐樹投手の記事を読みました。
記事曰く、「『走り込み』をして直球に自信がついた」と。


一体「走り込み」とは何なのか?その「Number」の中では、はっきりと示されていなかったのだが、文脈から読み取るには、この「走り込み」とはきっと、長い距離を淡々と走るだと思う。それから、レフトポールからライトポールにかけて良いペース(75%80%ぐらいのスピード)で走る事を示しているように思えた。


昔からピッチャーは長距離を走らなければならないと言われているのだが(実際、高校時代の私もそれを実践していた)、5年以上Strength and Conditioning Coachとして色々な人の意見を聞き、数々のArticle を読み、選手をトレーニングして来た上で、それは違うのではないかと自分の中で結論が出始めている。


まず1つ目に、投球というのは爆発的運動の繰り返しなのである。爆発的運動の繰り返しという事は、それに伴う筋(Fast Twitch Muscle)を鍛えなければならない。しかし、長距離をトボトボと走っていてはその筋は鍛えられず、退化してしまう。こんな事を言えば、きっと日本の野球のコーチ達は、長距離はスタミナを鍛えるためにやるのだと言うだろう。スタミナ? 長距離をゆっくり走っていても、スタミナなどは鍛えられない。なぜなら、Energy Systemが違うのだから。


それから、こんな意見も出て来るだろう。長距離走を投げた次の日に行うと、肩にたまった乳酸が分解されて、肩が楽になる、と(これは、昔のアメリカ人の意見かも知れないが)。これも根本なところから外れている。投球を120回繰り返しても、乳酸は貯まらないのである。でも、長距離を走ると肩が楽に回る。それはそうである。なぜなら、ずっと走っている間、腕は肩を軸に動き、そして体温も上昇し、関節の可動域が広がるからである。逆に言ってしまえば、長距離を走らなくても、その場に足を延ばして座り、腕を90度に曲げて20分から30分腕を走っているように振り続けたら同じ効果が得られるであろう。


こんな理由から、私がMinor Leagueで見てきた投手達は、長距離走はしない。否、させていない。最初はほとんどの投手が長距離をやりたがるのだが、こういった理由から、違うConditioningをした方が良いと勧めるのである。


主なコンディショニングメニューは・・・企業秘密ということで。それは、冗談ですが、興味のある方は、是非メールでもして頂ければ、意見交換が出来るのではないかと思います。


これは、あくまで私のStrength Coachとしての意見であり、絶対ではありません。


内藤良亮

2011年2月28日月曜日

忙しいが、充実した日々

Springfield Collegeの内藤良亮です。

つい先週仕事が決まり、全ての事柄が慌しく動き始めました。今週の金曜日には全ての荷物を持ち、Floridaへと向かいます。まだ準備の方には手を付けられずにいます。


前回少し書いた自分のリサーチデータ収集を金曜日までに終わらせなければならないので、選手と自分のスケジュールを合わせて、全選手に合計3回会っています。


1回目は、選手にリサーチ内容を理解してもらい、ペーパーにサインしてもらう事と、身体測定、肩のInternal&External Rotation(内旋&外旋)のデータを取り、約15分で終わります。


2回目は、Strength Lab(強度を測定する研究室です)で、Vertical Jump(垂直跳び)、Standing long Jump(立ち幅跳び)、 Medicine Ball Horizontal Throw(メディシンボールを水平方向に投げます)、 Back Squat(バックスクワット) 、 Bench Press(ベンチプレス)を行ってもらい、Power とStrength のデータを取り、これが約1時間。


3回目は、Pitcherにブルペンから5球直球を投げてもらい、私は室内練習場からその球速を測ります。


約半分の選手のデータを取り終わりましたが、この金曜日までに全員分のデータを取り終えなければならないので、非常に忙しい週になりそうです。


それから、月曜日と金曜日は毎週Volunteer で近くの高校へ行き、高校生からのリフティングテクニックやNutrition(栄養学)についての質問に答えています。高校生はみんな好奇心旺盛で、色々な質問を聞いて来るので、自分がしっかりと理解出来ているかどうかを確かめるツールにもなっています。


それから、まだセメスターの途中なので、勿論クラスもあります。Floridaに行ってからも、クラスはOnlineで取り続けるつもりです。一つのクラスは自分のアドバイザーが教授で、もう一つのクラスはアドバイザーの奥さんが教授なので、課題さえ全てきちんとこなせば問題なく単位は取れそうです。そして、今年の12月にSpringfield へと帰って来て、リサーチのプレゼンテーションを行い、修士課程終了という流れになります。本当に理解ある先生に恵まれ、色々支えて頂き、とても感謝しています。


これからも感謝の気持ちを忘れず、一生懸命に仕事と課題を頑張りたいと思います。


内藤良亮
Springfield College

2011年2月14日月曜日

ラストセメスター

学生ライターの内藤良亮です。
久しぶりのBlogの更新です。

明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い致します。
中国はつい最近正月を迎えたということで、全然遅くはないかなと・・・

昔話は、少し置いといて・・・・


最後の4ヶ月の学生生活が始まりました。
そして、早くもその1か月が終わりました。
それから、やっと自分のリサーチのデータを集める許可がIRB (Institutional Review Board:リサーチをするにあたって、そのリサーチが適切かどうか、人間を実験台に使っても大丈夫かどうかなど、それがLegalかどうかなど・・・そんなことを議論して、リサーチOKの許可を出す機関です)から下りました。

自分のリサーチのトピックはと言いますと
「Relationship between Physical Performance and Pitching Velocity Among Division III Baseball Player」
です。
簡単に言いますと、球速と上半身・下半身のパワーとストレングス、それから肩の柔軟性の関係性を調べます。

この1年半の間、そのリサーチのため色々なArticle を読み漁りました。それから、自分でMethodから何やら何まで決めて、やっとのことでデータ収集が開始できます。
そのデータなどは、また後ほどアップしていきたいと思います。


授業の方はと言いますと、一番取りたかった授業を今履修しています。
それは、Advanced level Strength and Conditioningというクラスと、Exercise for Special Populationというクラスです。

Advanceのクラスでは自分達で小さなプロジェクトを考え、それをリサーチします。そのクラスでつい先日、個人のプレゼンテーションもありました。
どこかから、Strength and Conditioning のプログラムを持ってきて、それをCritique するというものです。それから、そのプログラムについて、クラスでディスカッションを進めるという、なかなか今まではやったことのないような感じのプレゼンでした。

Special Populationのクラスでは、色々な人達に合わせたエクササイズの仕方、何を考慮しなければいけないかなどを学んでいます。例えば、子供達、妊娠している方、Spinal Cord Injury(脊髄損傷)されている方・・・・
先日そのクラスの一環で、障害者スポーツのスノーボードに参加してきました。
本当に良い経験をさせてもらっています。


もう大学院も終わろうとしているのに、まだまだ自分は未熟だと思わされることが多く、まだまだ学ばなければならないことが目の前に広がっています。それを、一つずつ消化していきたいと思います。益々日々精進していきたいと思います。


それでは、今日はこの辺で。


内藤良亮
Springfield College

2010年12月3日金曜日

自己紹介パート4~Community College Life~

学生ライターの内藤良亮です。
それでは、この前の続きから・・・・


OregonにあるLinn-Benton Community Collegeに行き始めた僕。
大学の授業に期待を膨らませ、アドバイザーとのミーティングに行ってみる。
その人はインターナショナル専門のアドバイザーだったので、ゆっくり自分にも分かるように丁寧に色々なことを説明してくれた。
どうやって、授業をRegisterするのか、保険はどのように申し込むのかなど。

最初のタームは授業も簡単なのが良いだろうという事で、Exercise and Sports Scienceのイントロダクションのクラスと、一番下のWritingのクラス、あとはMath、Baseballなどを履修した。基本的に1年目と2年目の途中までは自分のMajorにはほとんど関係のない、基礎のクラスを履修しなければならなかった。

例えば化学、生物、数学、心理学、物理などの理系のクラスだ。高校では文系だったので、物理は少し苦労したが、それでも他のクラスは英語で学ぶというところ以外は全く問題なかった。化学や、生物、数学はほとんどが日本の中学、高校で学んだ事だった。


Exercise Science のイントロダクションのクラスだが、PEの先生や、大学の教授、大学のトレーナー、ジムのパーソナルトレーナーをしている人たちがクラスに来て、それぞれの人が、自分の経験などを話してくれるクラスだった。そのほとんどが理解できなかったような気がするが、それでもそれなりに理解しようとしていた気がする。


そして、Baseballのクラスというのは、PEのCreditをもらい、大学の野球チームに参加するというもので、秋にトライアウトがあり、冬はトレーニング、そして春にシーズンがあった。
秋のトライアウトにショートとして参加した。もちろん日本人は他にいない。っていうより、白人以外の人種は自分しかいなかった。


これが、素晴らしい経験だった。

常に英語に囲まれ、英語しか話さないし、英語しか聞かない日々だった。
やはりスポーツというのは素晴らしい。野球って素晴らしい。
そこまで言葉で分かり合えなくても、スポーツを通じて分かり合えたからだ。
野球のおかげでたくさんの友達ができた。
そこでできた友達に、色々な事を教わった。
野球ではほとんど教わることはなかったが、パーティーの楽しみ方、ショットガンの撃ち方等。


結局70人ぐらいトライアウトを受け、25-30人ぐらいが選ばれた。
そして、冬の間は室内で練習をし、春にかけて外に出て練習をするようになり、春休みからシーズンが始まった。
1番ショートで試合に出ていた。
プレシーズンが終わり、シーズンが始まって間もなく、
その年一番強いであろうといわれていたチームとの対戦がAWAYであった。
相手の先発はリーグで一番のBird。MAX95マイル(152キロ)の化け物。

僕は1番、レフトで出場。

一打席目の初球に少し差しこまれてショートゴロ(新品のメイプルバットが折られてショックを受ける)。

そして回ってきた2打席目、ランナー1塁。サインはヒットエンドラン。


ピッチャー第一球投げました。


インコースやや高め。

ヒットエンドランのサインが出ていたのでもちろん打ちにいった・・・・・

そのストレートが、アメリカ人特有のナチュラルに内にシュートしてきた。

すでに打ちにいっていた僕の左手首やや上に直撃。


そしてベンチから相手監督が飛び出し、「あれはバットだ」と審判に抗議している。
が、それに反論する余裕もないぐらい痛い・・・・


それでも、なんとかファーストベースまで歩いて行った。
すると、ファーストベースコーチが
「大丈夫か」、「日本語は俺は分からんぞ」とかって冗談を言っている。
僕は正直に「もう無理だ」と言った。

だが、ファーストベースコーチはそれを信じるどころか、
「始まるぞ」とかって言っている。
仕方なく、ベースに着きリードをとる。


だが、もう試合には集中できない。何といっても痛すぎる。
ピッチャーが次の一球を投げベースに戻ると、ファーストベースコーチが耳打ちをしてきた。

「サインが出てるぞ・・・・・」

「え?????」

そして目を疑った。
盗塁のサインが出ている。

腕が上がらないぐらい痛いのに、腕をふって走るなんて、正直無理だと思ったが、スタートを切った。
すると、バッターが打ってくれたので、セカンドベースですべらずに済んだ。


そして、スリーアウトでチェンジになり、次は守りに行かなくてはならなかった。
それでも、気合いでなんとか、2イニング守りに行き、次の打席は流石にバットが持てなかったので代打を送ってもらった。


試合の次の日、病院に行きレントゲンを撮ったが、何も異常はないと医者に言われた。だが、何か重いものをもったりしたら、骨が離れるのが自分では分かる。


そして、1週間後、キャッチボールの途中に激痛が走った。完全に折れた。

一回目のレントゲンでは、折れ目が綺麗すぎて、見えなかったらしい。本当にこれは医療訴訟だったと今でも思う。
でも、2回目のレントゲンでは、割り箸を折ったように真っ二つに折れているのが分かり、手術が決定した。


こんな痛い思いもしたが、それも含めて野球部に所属していたのは本当に良い経験をだったと思う。英語だけじゃなく、それ以上に大事なこと、アメリカの文化を学び、アメリカ人の友達ができ、本当に楽しい時間を過ごすことができた。

スポーツは言葉、文化の違いを超えることを知れたのは、この後自分をもっとスポーツに携わりたいと思わせるきっかけにもなった。


だが、内藤良亮は2年目のフィールドには立たないことを決めた。



Ryosuke Naito, CSCS
Springfield College

2010年11月15日月曜日

自己紹介パート3 ~Community College Life~

学生ライターの内藤良亮です。

それでは、この前の続きから・・・・


1年間の語学学校生活、TOEFL漬けの生活を終え、
OregonにあるLinn-Benton Community Collegeに行くことに決まったのが、2004年の8月上旬。
決まったのは良かったのだが、もちろんOregonに知り合いはゼロ。

さて、どうする・・・・

どんな場所かも、どんな人達が住んでいるのかも全く知るわけもない。
インターネット・・・で調べるといっても、大した情報は載っていない・・・困った。


そこで、インターネットのあるサイトの存在を知る。
それが「Craigslist.com」。 
このサイトは、アメリカのほとんどの地域の掲示板が載っているサイトで、自分が何かを売りたいとか、何かを探しているとか、そんなことが載せられるサイトである。


ルームメイトを探している人がいないかを探してみる。
すると、2人ほど探していることが分かった。
それで、その人達がどんな人かは全く分からないが、メールを送ってみる。
返信が来て、そこに行くことになった。正直少し怖かったが、行かないと何も始まらない。


サンフランシスコに別れを告げ、オレゴン州ポートランドの空港に着き、そこからバスに乗り換え、揺られること約2時間。アルバニーに着いた。
そこまでルームメイトになる人に迎えに来てもらった。

第一印象はそんなに悪くない。

家も少し小さいが悪くない。だが、学校から5kmぐらいは離れている。
遠過ぎる・・・・。
車もない。雨も秋から冬は良く降るのに毎日自転車で通うのは、正直不可能に近い。


ルームメイトには悪いと思ったが、さっそく引っ越す場所を探す。すると、学校の後ろにクワッドと呼ばれる、アパートを見つけた。そこは、ワンルームで、キッチンは4人で共同。トイレとシャワーは2人で共同で、月$300ぐらいだった。
それに、大家さんも中米からのImmigrantですごく良い人でベッドや、タンス、机などを提供してくれた。本当に今でも大家さんには色々と感謝している。


そこには、色々な人が住んでいた。
僕と同じ大学1年生のパーティー大好きレッドネック。
カワイイ女の子。
毎週違う女を連れてる大学生。
バスケ部所属のドラッグ中毒。
それから、ドラッグディーラー。

でも、そこに住んでいたことは良い経験だったと思う。


アメリカ人ばかりで、アジア人はその学校にもほとんど居なかった。
それからは、電話以外は全くと言っていいぐらい日本語を喋らずに、アメリカ人的な1年を過ごした。

Thanksgivingはアメリカ人の家に行ってターキーを食べ、Easterもアメリカ人の家で過ごし、ライフルやショットガンを近くの山に撃ちに行き、鹿狩りにも同行した。
なかなか、日本では経験出来ない貴重な事を色々と経験させて頂いた、忘れられない2年間だったと思う。


次回は大学内での生活について書きたいと思います。受けた授業や、所属していた野球部の事など。


最近Beaversの調子が悪過ぎるので気分が上がりませんが、学校も後半に差し掛かって来ているのでがんばります。
それでは、みなさん寒くなってきましたが、風邪だけは引かないよう。


Ryosuke Naito, CSCS
Springfield College

2010年10月26日火曜日

自己紹介パート2~最高の時間、語学学校、TOEFL~

学生ライターの内藤良亮です。


前回は、留学を決めたきっかけ等を書かせて頂きましたが、今回はその続きから書かせて頂きたいと思います。主に、大学に入るまでの語学学校生活といったところでしょうか。

前回のBlogでも書かせて頂きましたが、僕自身、英語が本当に出来なかったため、英語の勉強は、語学学校に入ってから1からのスタートとなりました。最初は知人の紹介で、Hawaiiにある語学学校に行くことになりました。勿論、クラスは一番下のレベルで、僕より英語の出来ない韓国人のおじさん、日本語はペラペラでも英語は全く分からない別の韓国人、そして僕という3人のクラスでした。2人の韓国人には、先生の言っていることが全く分からなかったので、僕が日本語に訳して、日本語の分かる韓国人に伝え、それからもう一人のおじさんに韓国語で説明するみたいな流れで授業を進めていったので、全く授業自体は進みませんでした。

学校が終わるとサーフィンに行ったり、買い物に行ったり、そこで出来た日本人の友達の家に行ったりで、勉強も少しはしていましたが、英語はあまり上達しませんでした。それにハワイには日本人が非常に多く、言葉の通じる同じ国出身の人と遊ぶほうがやはり楽しいというのもあり、毎週末日本人で集まったり、韓国人に混ざってパーティー三昧であったりと、それは最高に楽しい時間でした。後悔はしていません、っと言ったらウソになりますが・・・

ちなみに、この時のTOEFLの点数は、380-430でした。


やはりここにいては、英語が伸びないと考えた僕は、行動を起こします。アメリカ本土にある別の語学学校の中から比較的安価なところを探し出し、サンフランシスコにある学校へと行くことになりました。今回は自分で全てを調べ上げ、住む場所も専用のエージェントに連絡を取り、ホームステイ先を紹介してもらいました。そのホームステイ先は、5人から7人ぐらい生徒を受け入れている家で、なんとなく金儲けのためだけにやってます、みたいな感じがホストマザーから伝わってくるような家でしたが、それなりに楽しくやっていました。

日本人というのは結構どこに行ってもいるもので、その語学学校にも沢山いましたが、今回は日本語を話さないと決めて来たので、日本人は失礼がない程度に無視し、彼らとはつるまないようにしました。正直、あまり良く思われていなかったとは思います・・・

基本的には、ドイツ人、スイス人、タイ人、韓国人、トルコ人、アメリカ人と遊ぶように心掛けていました。当時、アメリカ人のおじさんたちがプレイする野球チームにも所属し、週に一回はおじさんたちと野球をしていました。レベルは高くなかったですが、アメリカ人に囲まれて、スポーツを通じて交流を深めるというのは、非常に良い英語を学ぶ手段だと思います。

日本人がハウスメイトになった時は、韓国人の振りをして全てを英語で喋り、彼はそれを信じて、結局4ヶ月間、彼は僕の事を韓国人だと思って接していました。その時、本当に彼は全く気付いてなかったみたいで、騙しているみたいで悪い気はしていましたが・・・・

でも、そこを離れる時に初めて、彼に自分は本当は日本人であることを告げると、本当に驚いてはいましたが、彼は「ありがとう」と言ってくれました。今でも連絡を取り合う良い友達関係が続いています。

その努力のお陰もあったのか、運も手伝ったのかは分かりませんが、サンフランシスコに来て1年後にはTOEFLも380点から500点に引き上げることに成功し、希望していた短期大学へと入学することが出来ました。


今アメリカや他国への留学を考えている皆さん。どこへ行っても日本人が何人かはいると思います。ですが、その国に自分が何をしに来たのか、何が今の自分にとって一番必要なのかを考えて行動することをお勧めします。もし、自分に甘いと自己分析が出来ているのなら、やはり日本人の出来るだけ少ない、アメリカの田舎の方に行って英語を学ぶべきだと思います。自分の意志の固さ次第ではあると思いますが、参考までに。

本日はこの辺で。これから、今履修しているAdvance CoachingというクラスのPhilosophy Paper を書かなければならないので。

Go !! Beavers!!!!


Ryosuke Naito、CSCS
Springfield College

2010年10月12日火曜日

自己紹介パート1 ~留学を決めたきっかけ~

初めまして。学生ライターの内藤 良亮です。
本日から学生ライターとして、ブログを更新させてもらいます。
これからしばらくの間は、自己紹介をさせてもらいます。
何度かに分けて自分が学んできたこと、やってきたこと、今やっていることなど、
少しずつ書いていきたいと思います。


第一回目ということで、簡単に自分がやっていることと、高校卒業から留学を決めた過程を書きたいと思います。


只今、僕はSpringfield Collegeで、Applied Exercise Science Strength and Conditioning Master’s Degreeを目指して勉学に励んでいます。
高校は日本の京都北部にある峰山高校(野村監督の母校)で3年間野球をし、
卒業後、そこからHawaii, San Franciscoにある英語語学学校に約1年通って、
OregonにあるCommunity Collegeに入り、そこで約2年勉強し、
Oregon State Universityでもう2年勉強して、
最後の夏の3か月は、San Francisco Giants傘下のShort Season A Salem Keizer VolcanoesStrength and Conditioning Trainer としてインターンをし、
OPTをとり約6カ月間Oakland Athletics 傘下AA Midland RockhoundsStrength and Conditioning trainerとして働き、
現在、Springfield College でより自分の知識を伸ばすべく日々精進してます。


っといったところが、軽いアメリカでの7年間の僕の踏んできたステップです。


留学を決めたきっかけですが、
もともと高校野球をしていたので大学でもスポーツをしたいと思っていました。
だから大学も最初はスポーツで行くつもりだったけど、実際そんなに甘くなかった、といったところでしょうか・・・
日本の大学もスポーツ推薦では何校か受けたのですが・・・・落ちてしまいました。
それで、実際大学で何を勉強したいかと考えた時、スポーツに携わる勉強がしたいと思い、体育大学の先生の話を聞く機会がありました。
そこでスポーツサイエンス、それからAT(アスレティックトレーナー)の存在を初めて知り、それに興味を持ち始め、
大学の先生の「スポーツサイエンスを学ぶならアメリカの方が進んでいる。」っていう助言もあり、それに8年前日本の大学でスポーツサイエンスを学ぶことができる学校は限られていたっていうのもあり(入るのが難しい大学)、当時そんな頭をもち合わせてなかったっていうのもあり、両親の勧めもあってアメリカに来ることを決意しました。


かといって、決してアメリカでやっていける自信が18歳の僕にあったわけではありません。それでも、なんとなくやっていけるとは思っていましたが・・・・
なんてったって、高校時代英語は10段階評価の2(赤いあひるさんが成績表の上で泳いでて)で、喋るのはもちろん、読むのも書くのも普通の高校生と比べても劣っていました。でも、唯一の救いは人見知りではないという性格でしょうか。だから、高校時代にアメリカ人の先生が来るTeam Teachingのクラスは大好きで、喋れないながらも、喋ろうとしていた記憶があります。
高校の友達からは、無謀とか絶対無理とか言われたのを覚えています。
だから、もし今留学を真剣に考えていて、英語ができなくて悩んでいる方は、そんなこと気にせずに行ってみるべきだと思います。意外となんとかなるもんですよ。


最初のBlogはこんなところでしょうか?
それでは、次回はその続きからってな感じで・・・


Go Beavers!!!!!

Ryosuke Naito, CSCS
Springfield College