「スポーツ産業で働きたいのなら一度社会に出て経験やスキルを身につけてからの方がいい」
アメリカに来て様々な方からお話を伺う中でこのようなことはみなさん共通して言われています。この背景には特に日本のプロスポーツ球団などは組織の規模で言えば中小であり新人を育てる環境にはなく新卒を雇うわけにはいかない、ということがあると思います。確かにこの考えは納得できます。いくらスポーツビジネスを学んでいるとはいえいきなり社会に出て経験がある人たちと競い合えるか、と言われたら正直なところ「?」がついてしまうからです。
一方で日本の一般企業は(技術系は別として)新卒を雇うときに現在持っているスキルを重視するのではなくその人が持っている素質や姿勢、今まで取り組んできたことを見て判断し、入社してから一から育て上げるという環境があります。いわゆる「ポテンシャル採用」というやつです。
このような背景から、社会人として一から学び成長してからスポーツ産業で活躍したほうがいいということを現在スポーツ産業で働いている方々は言われているのでしょう。
最近はこのようなことを考え、自分は近い将来どのような方向へ進むべきなのかということを常に考えています。そして先日自分の可能性を広げるために毎年開催されているボストンキャリアフォーラムに参加してきました。このフォーラムはアメリカで行われているものの中で最大のもので今年は132社の企業が参加されていました。業界は金融、総合商社、広告代理店、各種メーカー等さまざまです。自分の可能性を広げるためと書きまししたが「とりあえず参加していろいろな企業の話を聞いてみよう」といった軽い気持ちで参加してみたのが正直なところです。しかし3日間参加してみていろいろなことを感じることができました。
某総合商社のセミナーでの1コマです。人事の方がその企業の考え方として「世界のニーズを読みそれを取り入れビジネスに繋げていく。新しいことでも可能性があるならば積極的にビジネスにしていく。」といったことを言われていました。そしてその後の質疑応答のセクションではあるスポーツビジネスを学んでいる学生が「私はスポーツビジネスを勉強しているのですが、自転車に興味があります。たとえば現在東京オリンピックの招致活動を行っていますがそこでエコと自転車を繋げて何かビジネスにするというアイディアはどうでしょうか?」といった質問をしました。企業の方は「アイディアとしてはいいと思うがなぜ自転車を使わなきゃならないのか、それをどうビジネスに繋げられるのか、そのあたりを論理的に周囲に説得できるまでアイディアを詰めていかなければならない。」といったことを言われていました。
また某広告代理店のセミナーでは某総合電気メーカーとの共同プロジェクト「Earth F.C.」を紹介していました。「世界には未だにテレビが普及していない地域がある。その地域の子供たちはワールドカップに出場している自分の国の応援さえできない。その子供たちにワールドカップの感動を届けよう。」といったコンセプトのもとプロジェクトは実行されたそうです。
他にもスポーツとは全く関係のない企業の方にもお話を伺ったりもしました。自分自身の方向性はまだ定まっていませんでしたがいくつか面接も受けてみました。不思議なものでいろいろな方にお話を伺ったり面接で上手くいったりいかなかったりすると自分の中で新しい感情や思うことも増えてきます。今回のフォーラムを経験して一番大切だと感じたことは、「自分は何をしたいのか、何を成し遂げたいのか。そしてその成し遂げたいことを達成するためにはどの環境に自分を置くべきなのか」ということです。自分が本当にしたいことをもう一度考え、そのためには何が必要なのか。極端に言えばその成し遂げたいことが個人でできてしまうことならば就職などする必要はないのではないか。このようなことを感じました。それと同時に自分はスポーツの何に魅力を感じ何を成し遂げたくて勉強しているのかということを改めて考えるいい機会になりました。
まだまだ将来に向けあがきもがいている段階ですが、今回の経験で自分にとっての「社会に出る理由」への方向性が定まったような気がします。今後はその方向性に沿って自分が行き着くべき場所を一つずつ探り当てて行く作業を行っていきたいと思います。
明石貴祐
サザンニューハンプシャー大学
M.S in Sport Management
2010年10月28日木曜日
2010年10月26日火曜日
山と谷の狭間
全ては、やる気ある者へのエール。
半人前の僕が、偉そうに自分の思いをつらつらと綴っているのも、
全ては、負けん気溢れる君へのエール。
これは、とある夢見る少年の実録。
自慢でも自己満足でもない、全ては、俺こそが!と盛り立つ者へ。
奮起するのもよし、鼻であしらうのもよし。
書き手が自由、故に読み手も自由。そこが今日のスタートライン。
生まれも育ちも神戸、根っからの神戸人。夢は大きく、迷わず実行。
20歳、大学3年生の青年は2009年1月、大きな目標を掲げた。
イチローの傍で仕事をしよう、と。
その年の夏にシアトルマリナーズでインターンしよう、と。
無名大学3年生の彼は、根拠のない自信を糧に
三種の神器と呼ぶには余りに乏しい内容の
履歴書・志望動機書・リファレンスを3チームに送りつけた。
イチローのマリナーズ。松井のヤンキース。松坂のレッドソックス。
送ってからというもの、彼の夢は膨らむばかり。
しかし現実は夢ではなく、文字通り現実。
3月半ばを回り、3つのメジャーリーグ球団から始まり、
それらの傘下にあるマイナーリーグのチームから不合格通知が殺到。
自信とプライドから成り立っていた彼は自暴自棄に。
俺じゃ無理なのか。
と諦めたところに、母からのエール“ダメ元でもう一回。”
どのスポーツも既に応募を締め切っていた3月中旬、0からもう一度。
彼は色んなチームにメールを送った。
イチローへの手紙も書いた。思い付く限りの手を駆使し。
それでも吉報は訪れず、ストレスとプレッシャーとの戦い。
最後の最後に彼の熱意を買ったチームが、
Major League Soccer Kansas City Wizards。
彼は涙を流し喜び、そして感謝した。
イチローの傍で働く。無名大学の経験浅はかな3年生が。
順序が全く違うことにはっきり気付いた青年。そこから徐々に変わり出した。
KC Wizardsで学んだ事は、アスレティックトレーナーとしての大きな基盤になったと共に、その後の道をも左右する要因に。メール1通の大切さ、服装、心構え、何よりも本当の意味のありがたみを学べたのは彼の財産となっていた。
Wizardsのヘッド&アシスタントトレーナーの後押しを受け、彼はCSMF Leadership Conferenceに全米20人の内の1人に選出され、NFL Detroit Lionsのサマーインターンを経験。
線で繋がり出した元の点を辿ると、
山のようなMajorとMinor League Baseballからの不合格通知がそこに。
挫折と呼ぶには小さな事かも知れない。
しかし、彼の心にとてつもなく重くズシんと響いたのは確かだろう。
来る12月に卒業を控えた彼のもう一つの大きな挑戦。
Detroit Lionsのヘッドトレーナーである、Dean Kleinschmidtの大きなサポートをバックに彼は先日もう一つの結果を出すことに。
彼は奇跡的にESPN Wide World of Sports in Orlando, FloridaにてMLBアトランタ・ブレーブスのSpring Campで働くと共に、併設してあるスポーツコンプレックスで多数のスポーツをカバーすることに。
人との繋がり、感謝の回数、辛い時期の笑顔の数だけ彼は強くなり、成長する。
From There to Here。大なり小なり、誰しもが持つ物語。
結果ではなく、その過程で見られる一生懸命さ。
読まれもしないイチローへの手紙、締め切られていると分かっていながら
ダメ元で送り続けるアプリケーション、自分を取ってくれと執拗なまでの電話とメール。
もちろん、相手によったら嫌われるのも確か。
甘いな、若いな、と言われるのも承知。
しかし、冷めた目で早々見切りを付け、諦める人間に、
誰も手は差し伸べないだろう。
全ては、やる気ある者へのエール。
それ以外、何ものでもないこの実話。
僕が常に心に置いているもの。
It’s not impossible to believe “nothing is impossible”
(不可能はないと信じることは不可能ではない)
そう。全ては、負けん気溢れる君へのエール。
川田圭介
Henderson State University
半人前の僕が、偉そうに自分の思いをつらつらと綴っているのも、
全ては、負けん気溢れる君へのエール。
これは、とある夢見る少年の実録。
自慢でも自己満足でもない、全ては、俺こそが!と盛り立つ者へ。
奮起するのもよし、鼻であしらうのもよし。
書き手が自由、故に読み手も自由。そこが今日のスタートライン。
生まれも育ちも神戸、根っからの神戸人。夢は大きく、迷わず実行。
20歳、大学3年生の青年は2009年1月、大きな目標を掲げた。
イチローの傍で仕事をしよう、と。
その年の夏にシアトルマリナーズでインターンしよう、と。
無名大学3年生の彼は、根拠のない自信を糧に
三種の神器と呼ぶには余りに乏しい内容の
履歴書・志望動機書・リファレンスを3チームに送りつけた。
イチローのマリナーズ。松井のヤンキース。松坂のレッドソックス。
送ってからというもの、彼の夢は膨らむばかり。
しかし現実は夢ではなく、文字通り現実。
3月半ばを回り、3つのメジャーリーグ球団から始まり、
それらの傘下にあるマイナーリーグのチームから不合格通知が殺到。
自信とプライドから成り立っていた彼は自暴自棄に。
俺じゃ無理なのか。
と諦めたところに、母からのエール“ダメ元でもう一回。”
どのスポーツも既に応募を締め切っていた3月中旬、0からもう一度。
彼は色んなチームにメールを送った。
イチローへの手紙も書いた。思い付く限りの手を駆使し。
それでも吉報は訪れず、ストレスとプレッシャーとの戦い。
最後の最後に彼の熱意を買ったチームが、
Major League Soccer Kansas City Wizards。
彼は涙を流し喜び、そして感謝した。
イチローの傍で働く。無名大学の経験浅はかな3年生が。
順序が全く違うことにはっきり気付いた青年。そこから徐々に変わり出した。
KC Wizardsで学んだ事は、アスレティックトレーナーとしての大きな基盤になったと共に、その後の道をも左右する要因に。メール1通の大切さ、服装、心構え、何よりも本当の意味のありがたみを学べたのは彼の財産となっていた。
Wizardsのヘッド&アシスタントトレーナーの後押しを受け、彼はCSMF Leadership Conferenceに全米20人の内の1人に選出され、NFL Detroit Lionsのサマーインターンを経験。
線で繋がり出した元の点を辿ると、
山のようなMajorとMinor League Baseballからの不合格通知がそこに。
挫折と呼ぶには小さな事かも知れない。
しかし、彼の心にとてつもなく重くズシんと響いたのは確かだろう。
来る12月に卒業を控えた彼のもう一つの大きな挑戦。
Detroit Lionsのヘッドトレーナーである、Dean Kleinschmidtの大きなサポートをバックに彼は先日もう一つの結果を出すことに。
彼は奇跡的にESPN Wide World of Sports in Orlando, FloridaにてMLBアトランタ・ブレーブスのSpring Campで働くと共に、併設してあるスポーツコンプレックスで多数のスポーツをカバーすることに。
人との繋がり、感謝の回数、辛い時期の笑顔の数だけ彼は強くなり、成長する。
From There to Here。大なり小なり、誰しもが持つ物語。
結果ではなく、その過程で見られる一生懸命さ。
読まれもしないイチローへの手紙、締め切られていると分かっていながら
ダメ元で送り続けるアプリケーション、自分を取ってくれと執拗なまでの電話とメール。
もちろん、相手によったら嫌われるのも確か。
甘いな、若いな、と言われるのも承知。
しかし、冷めた目で早々見切りを付け、諦める人間に、
誰も手は差し伸べないだろう。
全ては、やる気ある者へのエール。
それ以外、何ものでもないこの実話。
僕が常に心に置いているもの。
It’s not impossible to believe “nothing is impossible”
(不可能はないと信じることは不可能ではない)
そう。全ては、負けん気溢れる君へのエール。
川田圭介
Henderson State University
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